• home
  • お知らせ
  • 金太郎
  • 美女丸
  • 住職のお話
  • 供養

住職のお話

『師走について』

年があらたまったと思ったら、あっというまに日が経ってしまっている。 旧臘・師走のことは、ずっと前のことのようにも、昨日のことのようにも思われる。 
時間は連続しているようで、またそれは人間がきめた暦によって、区切られていて、時には祝われたり、時には忘れられたりするのだ。 今は正月だけど、日本の旧い暦では師走(12月)である。
そこで今更のようだが……『師走について』 『師が走る』『師』とはだれのことだろう? お師匠さん?  お医者さん?  それとも…お坊さん? それぞれ説があって、………例えば、『師走』ともなれば木枯が吹いて、世間では風邪が流行る…そうなればお医者さんは患者の家から家へと、急がねばならぬ。 つまり医師が走る……という説。 この説を、さる席で披露したらば、たちまち知合いのドクターから『こっちは年中走っている!』と半畳がはいった。 走ることが大嫌いな和尚(マラソンなどのレースを観るのは好きだ)にとって、『師走』の語源はいささか気にかかる問題なのだが、世間に『師』つまり『先生』と呼ばれる職業はたくさんある。 しかし、あまり走るのが得意そうな職業は見あたらない。 
例外は体操の先生くらいか。 そこでふっと思い当たった。 
これは『師が走る』ではなくて、『師も走る』ではないのか……と。 日本語で『が』と『も』では大いに違う。 ふだんは滅多に走ることの見られない先生たちも、年の暮れともなると、なにか気ぜわしくなって、ついには走り出す……と解釈すれば少しは納得がいく……というものであるまいか。
走ることが大嫌いな山寺の和尚は、きょうもマイカーで、静かに山を下っていくのでした。
満願寺住職 若田等慧