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住職のお話

『光陰 矢のごとし』

これを英語に直すと『Time fly like an arrow』。
さらにこれをもう一度日本語に訳すと 『"時"蠅は 矢を好む』となる。 というのが、昔どこかで読んだ英語に関するジョーク。
言葉の重義法は、なにも日本語の専売ではないという例えだったか。 私たちは、仕事上檀家の年忌法要に出向いた折に、よく『月日のたつのは大変早いもので…、もう今日は○年忌を迎えました…』というような言葉を挨拶のまくらに使うことがある。
ふだん何気なく、このキマリ文句を使っているのだが、よく考えてみるとこのキマリ文句にもいくつかの疑問がある。  というのも……… 一般的に時間を長く感じるか、短く感じるかは各人の主観そのものであるけれど、とかく嫌なこと、つらいことは長く感じ、楽しいこと、うれしい時は短く感じるというのが人情の常ではなかろうか。
すると、故人の遺族にとって年忌までの時間というのは、先ほどの表現(時間が早く経ったという)では楽しい時間ということになってしまい、遺族の気持ちとしては(本心はどうであれ)不適切なことになってしまう。

それではどのような表現がふさわしいのだろうか。 例えば一周忌までの時間というのは遺族にとって、どれほど長いか短いか。 今まで在った人が居なくなったという空虚感、寂しい気持ち、それは残された人にとってどれほど長く感じられる日々だろうか。
或いはまた、急に居なくなった人が残していく煩わしい浮世のかずかず。 遺産相続の問題、付き合いや義理の後始末。などなどにかまけていると、案外時間は早々と過ぎていくものかもしれない。
さすればやはり『この一年間というものは、長いといえば長いし、短いと云えば短い……』とでも云うほかにしようがない時間ということになるだろうか。
満願寺住職 若田等慧